DATE 2009. 4.13 NO .
「僕の事、好き?」
小首を傾げて問う少年と向き合って、ティナはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「好き、だよ」
少年が聞き逃したりしないように。
この想いが、伝わるように。
「じゃあさ……僕の事、あいしてる?」
少年は再び問い、
「あいして、くれる?」
念を押すようにそう繰り返した。
『――僕はもともと……孤児だったからね』
ティナの脳裏を、少年のいつかの呟きがよぎる。
その乾いた印象とは裏腹に心に深く滲み通った、他人事のような声音。
「あいして――」
「――やっぱり嘘だ」
少年は無邪気な笑顔を貼りつけたまま、ティナの答えを遮った。
「僕の事が好きだなんて、そんなわけないよね?」
自分の事が好きかと訊いたのと同じ表情で、少年はまたティナに問い掛ける。
「愛してくれるかなんて、そんなのくだらない冗談に決まってるじゃないか。まともに答えるふりして、僕の事を嗤ってるんだろ?」
「嗤ってなんかいない。私は、あなたの事――」
「――この剣が!」
少年の笑顔が、消えた。
「この剣が、見えないの? 剣だけじゃない、僕の身体も……何色に染まっているのか、ティナにはわからないの!?」
「わかるよ」
「あかいろだよ、これは血の色なんだよ! イミテーション達じゃない、生身の君のお仲間を! 殺したから!」
「わかってる」
「わかってない!!」
視界には今、血に濡れた少年の剣がはっきりと映っていた。
手をさしのばす相手を嘲笑い、あともう一歩届かないところで少年が剣を染めた、その瞬間も。
それでもティナの想いは変わらなかった。
さしのばされた手の願いと共に、ティナは少年を見つめる――
「僕は敵だよ? なのに君は僕につきまとって、挙句の果てには仲間呼ばわり……ケフカの言う通りってわけ? ティナ=ブランフォードは思考する事すら出来ない人形なの?」
少年の声音は、だんだん焦りを帯び始めていた。
そして向かい合うティナの瞳が少しも揺らがない事に、更にそれは加速する。
ティナが少年に歩み寄った。
それから。
「……ほら、やっぱりそうするんでしょ」
少年は、自分の声が落胆の色をにじませている事に気づいた。
何故か少年には、両親の庇護の手から零れ落ちた日の記憶がある。
本来なら覚えているはずもないのに、それはまるで昨日の事のように鮮やかなまま、脳裏に焼きついて離れなかった。
夢だと笑われても。
どこだかわからない場所と、顔がはっきり見えない両親と、視界に映る小さな小さな手――ただそれだけの光景でも。
声が。
大切なものを掴む事すら出来ない小さな手の自分に向けられた彼らの声が、それは捨てられた時の記憶なのだと少年に教えた。
『…ごめん、な……』
『愛しているわ…「 」…今までも、これからも…ずっと……』
この世界に来るまでのほとんどの記憶は抜け落ちている。
ティナやさっきの相手が言うところの「記憶」も、無い。
それなのに、こんな記憶だけが残っている。
少年にとっては、不快でしかなかった。
愛しているのなら、どうして自分を置いて行ったんだ、と。
「遠慮なんかしなくてもいい。これが僕達の……本来あるべき姿さ」
本当に今更すぎるのに、何故か少年の心は千々に乱れた。
「ティナの話は、もう、聞き飽きた」
ティナの手が、腰に帯びた細身の剣に掛けられている。
好きだと言いながら、
愛していると言いながら、
少年には、彼らの行動の意味がわからない。
わかりたくもない。
コスモスの戦士達を殺せばいいだけのはずだったのに、何故こんな想いをしなくてはいけないのか。
「ほら、そのまま剣を抜いて……かかってきなよっ!!」
少年が苛立ちをぶつけて叫んだ、その時だった。
「…今度は、私の……」
抜き放たれたティナの剣が、だが少年に向けられる事はなく、乾いた音をたてて床に転がった。
「なに、を……?」
ティナの行動に自慢の思考回路は停止して、少年はただ呆然と視線を泳がせた。
表情は、見えない。
視界に舞った金の髪がふわりと香り、少年の鼻腔をくすぐる。
少年は一瞬、血の臭いを忘れた。
「ねぇ…何やってるのさ……」
突然の抱擁に対して、ようやく少年は言葉を絞り出した。
「ねぇったら…っ!!」
ティナは答えない。
血生臭い身体を包む腕の力が、少しだけ増した。
「僕はまだ剣を握ってるんだよ……?」
それでもティナは少年を抱きしめた、まま。
「殺されたいの…っ!?」
「死にたくない」
叫ぶ少年の耳元で、ティナの小さな小さな声が響いた。
「闘うしかないのなら……あなたがカオス側で、混沌に染まりきってしまったというのなら……私も剣を取る」
「そうだよ! 僕は君達の敵だよ!!」
「でも私にはそう見えない。あなたは……まだ帰ってこられる」
帰る?
その言葉は、ひどく滑稽に聞こえた。
「どこに……帰るって?」
「みんな、待ってる」
「だから、そんな馬鹿な人達、どこにいるって言うのさ……」
「みんな、あなたの事を――」
「……っ、いい加減にしてよ!!」
少年はティナの腕を掴むと力づくで引きはがし、その華奢な身体を思いっきり突き飛ばした。
「ねぇ、ティナぁ」
距離をとり、俯いたまま、少年は、
「僕の事、好き?」
またそう訊ね、しかし答えを待たずに頭を振り、
「僕の事を少しでも大事に想ってくれてるって言うならさ、剣を取ってよ……」
叫ぶ。
「愛してくれるってのならさ、わけのわからない御託を並べるんじゃなくて、ちゃんと僕を助けてみなよッ!!」
≪あとがき≫
五個目、オニオンナイト。祝「3」万打。
このお題にひとめぼれです。勝手に叫んでおきます何という36…!
だんだん余裕がなくなる感じを目指してみました。
ただ、殺して一線を越えた→「闘うしかないのなら」の方が説得力はあったかなと思いますです、はい。
3のDS追加設定と6の崩壊後モブリズを知らない方は、是非そちらも。
top